茶の伝来と歴史について
現存する文献において、お茶そのものが登場したのは、中国・唐の時代です。唐建国が618年、その後、唐は300年に渡り中国を支配しています。計算すると1000年以上も前にお茶文化は誕生しているのです。
すでに飲用物として認識されており、お湯に抹茶を入れ、茶碗の中でかき混ぜて飲まれていました。大まかな飲み方を見ると、日本で言うところの茶道に通じるものがあります。
また中国の伝説によると、今から5000年前にはお茶が漢方薬として使われていたという話があります。植物の持つ整腸・解毒作用は今では周知の事実であり、一概に伝説とは軽視できないでしょう。
中国が発祥と言われる茶、日本に伝来したのは奈良時代から平安時代です。710年から始まる奈良時代ですが、茶経と呼ばれる歴史文献には、729年に行茶の儀が開かれたと記載されています。聖武天皇が僧侶に般若心経を読ませ、その翌日に茶を賜られたのです。749年にも、孝謙天皇が奈良の東大寺にて行茶の儀を開いています。
もちろん、日本茶という物は存在していなかったため、行茶の儀で使用された茶は中国から取り寄せた団茶となります。団茶とは、茶葉を蒸して固めた茶のことです。
そして、都が平安京に定められたことで平安時代に入ります。平安時代は794年から始まり、日本は中国へ優秀な人材を勉強のために派遣するようになります。この遣唐使たちが、中国から茶を持ち帰ってくるのです。有名な人物としては、最澄や空海が挙げられるでしょう。
この平安時代に、茶を飲んだという記述が初めて出てきます。大僧都・永忠が嵯峨天皇に茶を煎じて奉ったのです。815年のことであり、日本後記に書かれています。今となっては大衆向け嗜好品であるお茶ですが、当時は天皇や僧侶など一部の人間しか飲むことができなかったのです。喫茶対象が貴族階級と偏っていたため、中国から輸入された茶に大きな変化はありませんでした。
日本茶文化の始まりを予感させるキッカケは、臨済宗の開祖・栄西が禅宗を学びに宋へ渡ったことから始まります。
時は鎌倉時代、彼は宋の禅院で喫茶文化があることを知るのです。宋で見聞きした茶の薬としての役割、製造方法が、栄西の記した喫茶養生記には記載されています。そして、持ち帰ってきた茶の種子が京都、奈良、静岡の順で栽培されていきます。
ただし鎌倉時代までは、お茶は薬として飲まれていました。嗜好品となるのは室町時代以降です。茶道が誕生するのもこの時代です。江戸時代になると、永谷三之丞が煎茶の製法を開発したことで日本茶が飲まれるようになります。その後、各地で製法の開発が行われ、現在の日本茶文化は浸透していくのです。
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